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これまでの活動で知り合った人たちを紹介します。

金沢経明さん 

裂き織りを教えている「伊勢崎織学」主宰。元は織屋さん。

三十数年前、我が家が引っ越して来た時、近くに出来て毎日のように通った書店が金沢さんのところでした。その後ボランティアのまちガイドや、織の会、燈華会のイベントでもお世話になって、21世紀銘仙でも全体の相談役、調整役として助けてもらいました。

今でも毎日、いろいろ工夫をしながら新しいことに挑戦しています。

写真は、緯糸巻き機で巻いているところ

緯糸巻き

7月22日、21世紀銘仙で使った緯糸巻き機をもう一度動かして、新しい織物を作ってみたい、ということで緯糸巻き職人・高橋千代さんに教えてもらいました。当日は整経の大山さんも同席しました。

写真左手前が高橋さん、後ろ左から金沢さんの奥さん、大山さんの奥さん、大山さん、金井、金沢さん

緯糸捺染

今回金沢さんが挑戦しているのは、緯総です。併用絣と緯総絣は、緯糸巻き機を使って緯糸捺染しないと出来ません。21世紀銘仙で復活するまでおよそ半世紀途絶えていた技術です。

もちろん当時のように分業するのではなく、一人で捺染から織りまで行います。

7月30日、巻き終えた緯糸に捺染した緯板を持ってきて見せてくれました。

緯板の片面は縦縞、もう片面は横縞で染めてあります。緯糸は1段ごと1色の段と、6色に染め分けられた段の繰り返しで、格子状になります。たまたま同じ色が重なったところはその色に、全体では6色×6色で36通りの色になると思います。

経糸は白一色というので、白の部分は真っ白になりますが、それ以外の色には白が混ざります。実際の織り上りが楽しみです。

パサ返し

8月5日(月)13時30分。前回捺染した緯糸を、“かせ”にするための作業です。板から外した捺染した糸を、古い木製の器具に掛け、巻き取っていきます。

今回は金沢さんだけでなく大山さんも行っています。

写真は糸を巻き取る方の機械、木製の歯車と手回しのハンドルが付いています。

こちらが捺染した糸を掛ける器具。古い器具に金沢さんが手を入れて使えるようにしました。

左が 金沢さんの糸、右は大山さんの糸。大山さんは巻いた緯糸を藍で染め、薬品を使って抜染し柄を作っています。

(左)板を折って、巻いた糸を取り外します。(右)外した糸をパサ返しの器具に取り付けます。

手で回しながら糸を巻き取っていきます。

糸が切れないよう慎重に回します。

巻き取った糸を束ねて終了です。

板の両側を止めてある金具を外して、板を2枚に折ります。新聞紙ごと取り外しパサ返しの器具に取り付けます。

立って見ているのは大山さんの奥さんの昭子さん。

糸が少なくなってきて、回る新聞紙がバサバサ音を立てます。それで“パサ返し”とか“バサ返し”とか呼ぶようになったとか。

巻き取った糸を束ねます。

管巻き、製織

8月19日(月)15時。

前回“かせ”ににした糸を、機織り機に掛けるため管に巻きます。

その後、巻いた管をシャトルにセットして織り始めます。

機織り機。すでに経糸はセットされています。

緯糸をセットする前の状態です。手前の白い部分は無地の糸で織ってあります。 経糸の下にある木製の溝をシャトルが左右に行き来して、緯糸を通します。

経糸を上下に分けるための綜絖(そうこう)。手前側と向こう側交互に1本ずつ経糸を通してあります。

足踏み式で、交互に片方の綜絖が下にさがるようになっています。

筬(おさ)。綜絖で上下に分かれた、隣り合う2本の経糸が、一つの羽に通っています。

右側のかせ繰り器(伊勢崎では「ヒロミキ」と呼ばれていたようです)に糸を掛け、左側の大きな車を手で回して糸を巻き取っていきます。

手で調子を取りながら巻いてゆきます。

巻いた管は順番を間違えないように繋いでおきます。

管をシャトルにセットして糸を通します。

吊り下げられた綜絖の手前側、筬やシャトルが乗る部分全体が、織り手側に動くようになっていて、「ばったん」といいます。

緯糸の両端には「みみがえし」という目印の色が染められていますので、その色を頼りに緯糸の位置を合わせます。

位置が決まると、「ばったん」を手前に引き、打ち込みます。

上下に分かれた経糸の間にシャトルを通して、次の緯糸を渡します。

この作業を繰り返して織って行きます。

少しずつ模様が現れてきました。

9月30日、金沢さんから織りあがったと連絡がありました。

はさみで切り取ります。

後半のきれいに揃っているところは、娘さんが織ったそうです。

緯糸の表と裏を、縦方向と横方向の縞に色を染め分けた緯総絣の作品の完成です。

今回は経糸が白なので、最初の緯糸の色と比べると全体に白っぽくなっています。

吉田敬子さん 

前橋市出身、建築写真家。

日本の近代化を支えた産業遺産、のこぎり屋根工場や全国に残る紡績、織物工場を撮影し続けている。

写真は上毛新聞社発行の「のこぎり屋根紀行」 本体1,400円+税

伊藤正義さん 

伝統とモダン 伊藤正義展

日時:9月21日(土)~29日(日)
   午前10時から午後6時(最終日は午後3時まで)

伊藤正義さんの個展は終了いたしました。

会場:ベイシアIS伊勢崎店4階 ISホール

主催:イズカルチャーセンター 後援:上毛新聞社・伊勢崎市観光物産協会・伊勢崎商工会議所

伊藤正義さんは21世紀銘仙でも型紙を担当した元型紙職人。型紙彫りの技術を生かした、現代アート作家。(流形美術会委員、群馬美術会会員)

8月9日には、伊勢崎めいせん屋で、伊勢崎図書館で行っている銘仙職人の聞き取り調査に協力してもらっていました。

個展の作品を仕上げ、今後の夢も語っておられた伊藤さん、9月4日にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。

切り抜いた紙を何枚も重ねて独特な世界を創り出す伊藤さんの刀彫。毎回必ず新しい作風が見られました。

20日(金)午後4時頃には展示の準備が整いました。

作品にはすべて価格が表記されていて、購入できます。

こちらには大作が並んでいます。

小品もたくさん。

幻想的なランプシェード。

卓上タイプもあります。

アクセサリーいろいろ。

村上 采さん

村上さんは四ツ葉学園中等部のころから銘仙に興味を持って、何度も明治館を訪れてくれました。留学先のアメリカでアフリカからの留学生と知り合い、アフリカに関心を持ち、慶應義塾大学に進学しました。

長谷部葉子教授のもと、現在はコンゴプロジェクトのリーダーとして活動する傍ら、自らアパレルブランドを立ち上げ、コンゴ伝統の生地・リプタで作った洋服や小物を販売しています。

村上さんのホームページで、販売している商品や、活動内容を紹介しています。

4人が着ているのは村上さんが持参した伊勢崎銘仙

小林貴志さん

小林さんは養蚕家で、桐生で桑を作り、蚕を育て、現在1回に200キロ、年に5回繭を取って、碓氷製糸に出荷しているそうです。

今は今年最後の「繭掻き」をしているということで、10月27日見学に伺いました。

蚕は「回転まぶし」で繭を作ります。

「回転まぶし」から1枚ずつ外します。

「繭掻き」の機械に通します。

きれいになった繭は下に落ちます。

余分なケバは取れて後ろにたまります。

1回におよそ200キロの繭が採れます。

これは「玉繭」。2匹の蚕がひとつの繭を作ってしまったもの。規格外のため出荷できませんが、この玉繭から紬糸を作りたいので、教えてくれる人を探しているそうです。

もともと銘仙は、こういうくず繭や玉繭から取った糸を使いました。小林さんによると、今はこういう繭は廃棄せざるを得ないといいます。それが悲しくて、何とか活かす方法がないか、紡績機械を手に入れて、昔のようにくず繭から絹紡糸を作れないか、模索しているそうです。

これは、生繭からとった無撚糸。通常絹糸は、繭から何本かの糸を引き出し撚って作ります。これは蚕が吐き出したそのままの撚っていない糸です。

久保田花園さんのアジサイ

        

色も形もさまざま。目移りしてこんなに買ってしまいました。

母の日のプレゼントだけでなく、我が家の玄関先にも飾りました。

        

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